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​イタリア ランペドゥーザ島

イタリア・ランペドゥーザ島。

人口6000人に満たないこの島は、豊かな観光資源で夏のリゾートとして賑わいを見せる一方で、アフリカからの難民の欧州への玄関口としても知られています。

私が初めてこの島に降り立ったのは、2019年2月のことでした。

「ランペドゥーザの人々は冬の間、夏を待ち焦がれているのです」

私は当初、事前に調べた知識をもとに、この島に対して漠然と「難民であふれる島」というイメージを抱いていました。しかし、実際に足を運ぶと、難民キャンプに人の姿がありません。さらに言うと、街中の人影もまばらであり、多くの店がシャッターを下ろしていました。夏の観光業で潤うこの島では、島民の多くが観光に関わる職業を生業としています。そのため、観光客の来ない冬の間は閑散としており、ゆったりとした時間が流れます。

しかし、難民の姿が見えないのはなぜなのか。当時のイタリアでは、左派ポピュリズム政党の「五つ星運動」と右派ポピュリズム政党の「同盟」が連立政権を組み、年金受給年齢の引き下げなどを行う一方で、移民や難民に対して排外的な姿勢がとられていました。しかし、街頭で突撃インタビューを行うと、得られる回答は「移民や難民は受け入れるべき」というものばかり。人々の本音はどこにあるのだろうか。この違和感は私の中で蟠りとして残り、2020年2月再度この島を訪れる動機となりました。

「Corona Virus in Lampedusa !」

当時の連立政権は昨年8月に崩壊。状況が変わっていることを期待していましたが、今回も島の難民キャンプに人の姿はありません。ですが、1年前と同じかと思い始めたところで、思わぬ変化に見舞われました。

以前街を歩いていると、冬の時期には珍しい観光客の私に、すれ違う人々はCiao!と声をかけてくれました。しかし、今回はこちら挨拶からしても返ってきません。それどころか、人々の目が冷たく、あからさまに避けて通ろうとする人も少なくありませんでした。違和感を感じていた矢先、通りがけの子供が袖で口を覆いました。「Giappone !」欧州に比べて新型コロナの感染が始まるのが早かった日本から来た私は、「招かれざる客」として見なされていたのです。

「島民は島の外からくる人をどう思っているのでしょう?」

これは、難民支援団体の女性に話を聞いたときに投げかけた質問です。返ってきたのは、「それは観光客について?それとも移民?」という質問でした。

観光業で成り立つこの島において、観光客は島の経済を潤わせる重要な存在です。夏に多くの観光客が来るからこそ、冬を乗り切ることができる。しかし、その裏で移民や難民に対しては、手を差し伸べようとする人もいる一方で、自らの利益にばかり目が向き、排斥的な言動をとってしまう人もいるようです。

島の外からやってくる移動者にさらされることの多いこの島では、その中で「歓迎されるもの」と「排除されるもの」が存在します。以前、そのような「よそ者」への価値付けは、「観光客」と「移民」「難民」という捉え方のもとでなされていたのではないでしょうか。そして、それは今、新型コロナの危機にさらされる中で、感染予防という一見合理的な理由において、「排除されるもの」の幅を広げてしまっているのではないでしょうか。

なぜそのような価値付けがなされてしまうのか。そもそも、「よそ者」とは誰なのか。

この問いは、イタリアの小さな島だけのものではありません。