目を瞑れば、彼は砂漠の一部になる。地球の重みが、砂漠を通して、足裏から腹へと伝わってくるのを彼は感じる。そして、その重みの中には彼は自らの身体を、自らの重さとして感じる。彼は砂漠の一部である。
妹に授乳する時に母親は、背骨の下にある黒ずんだ斑点こそが地球の始まりから私たちの民族を物語る、そう言う。
雨季になれば砂漠には点々と水たまりが出来る。そして、そこには確かに水がある。彼は斑点に触れる。手は斑点を触れるが、彼は何も感じられない。彼にとって、斑点はそこにない。生まれてから死ぬまで背骨の下の斑点は見ることも感じることも出来ない。その斑点が彼の全てを物語ると母親は言うのだ。彼を、或いは彼の民族をそれたらしめる斑点とは何だろう。バオバブの木の下で彼は斑点を思う。まだ目を開けてはならない。
夜は、星の光を届ける場所として現れる。砂漠は暗がりに消えた。彼はまだあのバオバブの木の下で斑点について考える。夜の境目を見出すように彼は感覚と思考を研ぎ澄ませる。彼はもはや砂漠の一部ではなく、暗闇の一部として、同時に暗闇の異物として彼はそこにいる。
相対的でない沈黙。
水たまりと砂の反転。深く広い水に浮かぶ砂溜まり。水の中にいる、水としての彼が砂に触れる。そこには確かに砂がある。斑点もまた砂であり、水である。民族はある性質に身を委ね、その性質をもって世界という無数の性質の総体を見る。感じられるものとして存在するのはその性質であり、民族ではない。斑点は身を委ねる性質の象徴である。
砂漠という主体から、暗闇という主体、水としての主体。彼という存在の始まりと終わりは、どこに見出されるのだろうか。
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