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#26 第1章 サステナビリティ実現の支援を|株式会社 砺 枝七洋さん

今回インタビューさせていただいたのは、現在サステナビリティコンサルタントとして企業のSDGs実践をサポートされている枝七洋さん。幼少期から様々な海外経験を持っており、その多くは発展途上国であった。大学院時代はオランダにてサステナビリティの学びを深めている。SDGsの認知度は年々高まっているが、日本でサステナビリティやSDGsを仕事の専門分野とする人は多くない。どんな過去や経験が現在の彼女に繋がっているのか。第一章では、現在の職業に就くまで、彼女がどんな人生を送ってきたかお聞きした。



ーー枝さんが幼少期を発展途上国で過ごした経緯を教えてください。どんな国にお住まいだったのでしょうか。


「生まれは日本なのですが、幼稚園のときに父の仕事の影響で、アフリカのマラウィで半年ほどすごしました。小学校に上がると同時にラオスに引っ越し、中学1年の途中までそこで過ごしました。この時には、旅行も兼ねて隣国のタイやベトナム、カンボジアへ行って生活を見てきました。その後1年間日本の中学に通い、高校卒業まではマダガスカルへ行き、大学でまた日本にきたという経歴です。マダガスカルで過ごしていた時は、ケニアや南アフリカ、モーリシャスやエジプトにも行っていました。」


ーー様々な国で過ごされていたということですが、たくさん変化のある環境の中で育った枝さんは、どのようなお子さんだったのでしょうか。


「最初は引っ越しが嫌でしたが、幼かったからか変化に慣れるのは早くて。ラオスに住む時は言語の壁もありましたが、それを乗り越えてからは新しい場所へ行くことが好きで積極的になりました。元々言いたいことは言う方だったので、海外でも物怖じすることはなかったです。興味を持ったことはとりあえず自分でやってみていて、皆と一緒のことをするのは嫌だという思いは強かったと思います。」


ーーいろんな国を経験する中で、現在活動されていることに対しての問題意識を持つきっかけになったことや体験はありますか。


「今まで先進国が便利な生活のためにしてきたことが発展途上国の人たちに悪影響を及ぼしていることを知ったことがきっかけです。環境や社会が持続可能であるために、人生のほとんどを発展途上国で暮らしてきた自分だからこそできることがあるのではと思いました。」


発展途上国に住む人々からすれば、自分たちは何もしていないのに悪影響だけを受けることになってしまいます。それはフェアでないのでどうにかしたいと思いました。また、そうした状況を和らげることも先進国の人たちの責任だと思うので、日本人として何かできることをしたいなと考えるようになりました。」


ーー日本の大学からオランダのマーストリヒト大学院への進学を決められ、学ばれたということですが、そう決断したのはなぜでしょうか。


「サステナビリティを学び始めたのは、大学卒業間近でした。大学の人類学の授業でサステナビリティを学んだことがきっかけです。ヨーロッパは環境についての研究や対応が進んでおり、その中でもオランダのマーストリヒトのサステナビリティ学科が、社会や政策、科学になど全ての面から学べたので、そこを選びました。」


「その中で行われたプロジェクトで、学生コンサルとして石油会社に入りました。そこでは、EUが推進するカーボンニュートラルなどの取り組みをしていく中で企業が生き残るためには何をすればいいかを提案をしました。」



日本と発展途上国どちらの生活も経験した上で、日本人の自分ができることをしたいという想いをきっかけに動き始めた枝さん。海外での経験だけでなく、彼女自身の物怖じせずに挑戦していく性格や周りがやっていないことをやろうという軸を持ち続ける点が彼女の現在のご活躍に繋がっているのだろう。環境問題や社会に働きかけることは難しいが、どんなお仕事をしながらその想いを繋げているのか。第2章では、そんな枝さんの現在についてお聞きする。

 

株式会社 砺 枝七洋さん

幼少期より、アフリカのマラウィをはじめラオスやタイ、マダガスカル、ケニアなど、様々な国への渡航経験を持つ。日本の大学を卒業後、オランダのマーストリヒト大学院に進学し、サステナビリティに関する学びを深めた。現在は、企業へSDGsの導入をサポートするコンサルティングを行っている株式会社 砺で、サステナビリティコンサルタントとして活躍している。


株式会社砺HP:https://www.arato-inc.co.jp

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