東京電力福島第一原子力発電所の事故によって、事故発生の当日から、原発周辺の自治体には避難指示が出されました。事故から10年以上が経ち、既に避難指示が解除された自治体もありますが、大熊町の一部は今もなお、避難指示の対象となる「帰還困難区域」に指定されています。
放射性物質による汚染のレベルが高く、避難指示の解除までに長い時間がかかるとされる「帰還困難区域」。この区域では、長期間にわたって居住が制限され、住民の方であっても、通行証が無いと立ち入ることができません。
避難指示が出され、立ち入りができなくなった旧大野駅前商店街。現在は避難指示が解除され、立ち入りが可能になっているが、駅前地区の再開発のため大部分が解体されている
事故直後から町全域に避難指示が出されていた大熊町の一部が、「帰還困難区域」に指定されたのは、2012年の12月でした。この時「帰還困難区域」に指定された区域は、町全体の面積の62%にも及び、町内の残りの地域も、避難指示の対象となる「居住制限区域」、「避難指示解除準備区域」のいずれかに指定されたため、町全域への避難指示が継続されることになりました。
その後も大熊町全域に避難指示が出されたままでしたが、2019年4月、ついに町内の「居住制限区域」、「避難指示解除準備区域」に対する避難指示が解除され、大熊町に人の営みが戻ってきました。特に、避難指示が解除された大川原地区には、新しい町役場や公営住宅、商業施設などが整備され、大熊町の復興の拠点になっています。
常磐線の運行が再開されたJR大野駅
また、未だ町内の6割以上を占める「帰還困難区域」でも、少しづつ復興の道筋が見えてきています。2017年5月から、 将来にわたって居住を制限するとされてきた「帰還困難区域」内に、避難指示を解除し、居住を可能とする「特定復興再生拠点区域」を定めることが可能となりました。大熊町でも、JR大野駅周辺や下野上地区などが「特定復興再生拠点区域」に指定され、今年6月末に避難指示が解除されました。こうして、大熊町の復興は着々と進み始めているのです。
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