第一章 強い好奇心と行動力で道を切り開く|ルワンダ「KISEKI」の女将 山田美緒さん
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- 8月12日
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更新日:8月18日
今回インタビューさせていただくのは、ルワンダでソーシャルビジネス「KISEKI ltd」を経営し、年間150人の日本人が参加するボランティア・インターンプログラムの代表をしている山田美緒さん。
大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)スワヒリ語専攻在学中には、アフリカ大陸5,000kmを日本人女性初単独横断。
現在はルワンダで、「お母さんが笑顔で暮らせる社会を創る」をビジョンに子ども食堂・託児所・幼稚園・職業訓練・妊産婦ケア・ICT教育など幅広く展開されている。

大まかに大学時代について伺いたいと思います。
はじめに、なぜスワヒリ語専攻に進学したのでしょうか。
ーー元々、父の影響で国際系の仕事に就きたくて大阪外国語大学を受験しようとは思っていました。しかし、英語を専攻してもその中で1番になることはできないと考え専攻を迷って、先生に相談したところ「マイナー言語を勉強しても意味がない、例えばスワヒリ語とか」と言われたことで、逆に「スワヒリ語?ありかも!」という気になって受験を決めました。
自転車でアフリカを縦断されたと伺ったのですが、思い立った理由などありますか?
ーー友達との旅行と学生団体の活動で計2回、アフリカ縦断以前に渡航したことがありました。じっとしているのがあまり好きではなくて、身軽に行動できるように、旅行時はバックパックを背負って行きました。でもその時に、「電車やバスの時間にも縛られるのは嫌だ!」と感じました。それなら通学で使っていた自転車の方が縛られずに自分の行きたいところに行けるんじゃないかなと思い、自転車でアフリカを縦断しようと思い立ちました。女性でこのようなことをしている人はその当時いなかったからチャレンジしたいという気持ちもあったと思います。
親や周囲からはどのような反応をされたのでしょうか。
ーー9割超の人から反対されました。もちろん両親からも(笑)。でも、大学生の女の子がアフリカ縦断を自転車でするという話が広まり、テレビやラジオに出演したりするにつれて、だんだんそれが現実的になって、両親も反対できなくなっていきました。周りに話が広まるとだんだん自分も逃げ道がなくなっていったので、何か行動したい時は周りに話を広げて、自分が逃げられないようにすることがおすすめです(笑)。
計画はどのように立てたのでしょうか。
ーー1年間大学を休学し、練習のために2ヶ月で日本を一周してから、6ヶ月でアフリカを縦断する予定を立てました。それを実行するため、また自分の身の安全のために、スポンサーになっていただける企業を探したり、下調べを徹底して準備は抜かりなく行いました。なるべく女らしさをなくして男装したりすることもありました。吉野家ホールディングスの社長さんに直接手紙を送って熱意を伝えた際には、日本一周中の飲食を全店舗無料にしてくださいました。大学生だったからこそ周りの目を気にせずに自分を売り込むことができたし、たくさんのサポートをいろいろな人からしていただけたのではないかと思っています。

アフリカ縦断時のハプニングなどはありましたか。
ーー足の感染症にかかり、麻酔なしで手術をしました。その時は本当に、もう旅が終わってしまうのではないかと思いましたが、いろいろな人がサポートしてくださっている中で、手ぶらで日本に帰ることはできないという思いがあり、なんとか旅を再開することができました。その後にもマラリアにかかったのですが、抗生剤を飲んだらすぐに治ったので余裕でした(笑)。
学生時代から強い好奇心とずば抜けた行動力で、日本人女性初の単独5,000km縦断を達成した山田さん。第二章では、現在のルワンダでの活動に迫る。
【インタビュイー:山田美緒さん】
大阪外国語大学在学中に、自転車でアフリカ大陸5,000kmを日本人女性初単独縦断。
現在はルワンダで「KISEKI ltd(https://kisekirwandatravel.com/)」を経営し、「お母さんが笑顔で暮らせる社会を創る」をビジョンに幅広い活動をしている。







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